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首都グランコクマにある軍本部では、慌ただしく走る音が廊下だけではなくそこかしこに響いていた。 これから行われるのは少数精鋭を使った大規模な討伐作戦。 それに関係する、作戦準備に追われる者達の足音である。 譜術と武術、それぞれトップクラスの者を数十名、補佐としてそれに続く者を数名。 そして指揮官として、ジェイドがピオニー直々に任命されていた。 今回の任務は言ってしまえば魔物を倒す、ということだけなのだが、 実際問題としてそれが可能であるか、予想としての確率はとても低い。 言い換えれば、ジェイドが直々に前衛に出なければならないほど、危険視されている相手なのだ。 ここ最近噂される、"見たこともないような巨大な魔物"。 嘗て世界を救うために各地を奔走していたジェイドだからこそ、それに太刀打ちできるだろうという理由での指名だった。 当のジェイドと言えば、彼は明後日に控えた討伐作戦の最終確認をしている。 書類に目を通し、作戦本部として設置された部屋にて出撃するメンバーの役割、作戦確認をし、 今度は演習場まで行くとそれぞれ積み荷などの点検も自ら行っていた。 一通り確認を終えると、自らの普段の仕事もしなければならない。 討伐作戦前であるから勿論いつもよりは量が少なめであっても、 完全に無しにしてくれるということはないのか、と溜息を吐きたいくらいなのだけれど。 さて、自らの仕事へ取りかからねば、と自身の執務室へ戻ろうとした時にふと思った。 明日は軍部へそのまま泊まり込みになるだろうし、明後日出発と言っても朝にではなく午前を回る時間帯。 ならば、彼に会いに行くならば今の内にしか機会がない。 そうと決まれば早速、とジェイドは執務室へ向かっていた足を止め、反対方向、つまりガイの居る屋敷へと踵を返した。 ここ暫くは忙しくて、全く顔を合わせていないガイのことを頭に浮かべる。 彼にあったのは一体幾日前だったか。 ガイ自身が会いたく無さそうにしていたのだが、せめてこの時くらいはいいだろうと思ったのだ。 何せこの作戦が失敗すれば、己は二度とこの地へ足を踏み入れることも、彼に会うことも叶わなくなるのだから。 平和な世とはいえ、こうして起こる問題に対処するのは街を、国を守る軍人である。 何時命を落とすかなど分からない。 軍人とはそんなものだ。 ぽつりと零れるように口から滑ってしまった呟きは、誰にも聞かれることはなく消えていく。 目的の屋敷まで着いてドアをノックすると、開かれた扉から現れたのはペールであった。 予測していたので何ら不思議ではない、丁寧にお辞儀をし快く迎えてくれる彼に、ガイはとジェイドは尋ねた。 ペールは頷き、こちらでございます、と先だって案内する。 向かう先はガイの私室であり、ジェイドは何度も訪れたことがあるから道順など知っているのだが、 この時はただ、先行くペールの背を見つめながら後ろへとついていった。 「今は眠っていらっしゃいますので」 「ええ、分かっています。ありがとうございました」 ガイの部屋の前まで着くと、ペールはそのまま去っていった。 姿を見送り、ジェイドは扉を開ける。 その先にあるのはさほど広いとも言えない、きちんと片づけられた彼らしい部屋。 机の上やそこかしこに置かれた音機関は、以前訪れた時と全く変わらない。 動かされた形跡が、ない。 ジェイドはそれらを眺めながら目を細める。 机の椅子を引っ張りながら奥にあるベッドへ近づいていくと、目的の人物はひたすら眠っていた。 顔が見える位置に座り手袋を外すと、濡れた布を退かして彼の額に、次いで首筋に触れる。 まだ大分熱い。 傍に置かれた桶の水で布を湿らせ絞ると、もう一度額へと乗せてやった。 今のところ呼吸は荒くない、しかし、顔は赤いまま。 もう何日もこの状態で、ガイはこの原因不明の熱に魘されている。 嬉しくないことに街ではどうやら、十代から二十代の若者の間で同じようにこの病が流行っているらしい。 風邪と同じように熱や咳、頭痛やらの症状に悩まされるのだが、どんな薬を処方しても全く効かないという。 例外なくかかる訳ではないようなのだが、被害は広がる一方で、 商人の出入りすら制限を設けているほどに、この街では深刻な事態をもたらしている。 これが流行りだして一ヶ月ほどか。 それと時を同じくして、魔物の騒ぎが話されるようになった。 街の近くに現れては、人間を襲っていくという。 始めはそこまで被害はなかったようなのだ、魔物など何処にでも居るし襲われることなどままあること。 だが段々と酷くなる魔物による被害と、そしてこの流行病。 発生した二つの事件は、時期的に、関連していると考えるのが妥当であろう。 しかしそれがどうしてかは全く分からない。 理由付け出来るような証拠は一切ないのだ。 せいぜい分かっているのは、こうして病にかかっている彼らから不自然なウィルスが発見されたことだけ。 それが当の魔物から検出されれば、関連していたことを裏付けられ、 且つ、この病に何らかの対処を施すことが出来るのではないか、そうジェイドは考えているのだが。 初めのうちは魔物討伐のために部隊を幾つか送ったのだが、その何れも帰ってこなかった。 出て行った部隊は皆腕の立つ訓練された軍人であったはずなのに、その報告。 だからこそ最終的に、こうしてジェイド直々に出向くことになったのだが。 失敗したとき、死ぬのは恐らく己や討伐隊だけではない。 こうして苦しんでいる者達、そして、ガイまでも。 静かに眠るガイをじっと見つめる。 うつっては困るからと何度も拒絶され、忙しさも相俟って会うことが叶わなかった。 久しぶりだというのに眠った姿というのは悲しいが、それでも顔を見ることが出来ただけでも良かったのだろう。 思い立ってここへ来て良かったとジェイドは、ガイの頬に触れてそっと撫でると、 毛布の中にあるガイの手を探り当て、両手で握りしめる。 「私に出来るのは、これ以上被害を広げないための討伐作戦と、貴方が無事に回復することを、祈るだけ」 握った手のひらは、熱による熱さで汗を掻いているようだ。 しっとりと湿っているそれに軽く口づけると、そっと戻してやる。 流石に長居しすぎたか、抜け出して来たためこれ以上此処にいると仕事にも支障を来す。 名残惜しいが、もう軍本部に戻らなければならない。 椅子は元に戻して部屋から出る前に、最後にと眠る姿を振り返り、そっと部屋から出て行った。 玄関に見送りに立っていたペールに一礼すると、ジェイドは軍部へと赴いた。 ジェイドが出て行って数分後、ガイはふと目を覚ました。 まだ熱で視界が朧気にしか映らず、全身のだるさは眠りにつく前と一切変わっていない。 ガイは、起きなくてはいけないような気がして、重い体を無理矢理起こした。 起きた表しに落ちたタオルを桶へ掛け、視線を部屋へ彷徨わせた。 誰か、此処に来ていたような気がするのだが。 部屋の中に微かに気配が残っている、けれど、それが誰なのかまでは分からない。 体がまるで自分の物ではないような感覚がする。 思うように動かない。 それでも、確かめたい。 ずるりと布団から出した足がひやりとした外気に当てられて、全身にまで及ぶと、ガイは一つ身震いをした。 裸足のまま何とか壁と棚を使いつつ扉まで届くと、それを開く。 ばったりと出会したのはペールだった。 酷く驚いた顔をした彼を不思議に思うでもなく、ガイはぼんやりとした頭のまま問うた。 「…誰か、来て…?」 久しく出した声は掠れていたが、聞き取ったペールが頷いて穏やかに返す。 「ええ。ジェイド様が」 「……ジェイド、が…。何で…」 「お話しますから、まずはベッドへ戻りましょう。まだ安静にしなくてはなりません」 「ああ…」 ふらふらする体を支えられながら、何とかベッドまで戻ると水を一口飲んだ後、体を横たえる。 部屋の往復だけで無かった体力が更に使われたため、直ぐに眠気が襲ってきた。 しかしまだ、ペールから話を聞いていない。 落ちようとする瞼と意識を叱咤する。 「で、…」 「そうですね。…、時間が空いたから、どうしても顔を見たくなったと仰っておいででした」 「顔…」 「また、会いに来るとも。ですから、ガイラルディア様はゆっくりと体を休めて、元気にならなくては」 「…うん」 その言葉を聞いて安心したのか、目を瞑ると直ぐに寝息を立て始めた。 眠ったガイを見て、ペールは息をつく。 咄嗟に嘘を付いてしまった。 彼はまた来るとは言わず、ただ、よろしくお願いしますとだけ言い置いて去っていった。 ここ最近の情勢を、ペールもまた知っている。 特に彼は軍人だ、もしかしたら噂になっている魔物討伐の命が下ったのかもしれない。 だからこそそれに行く前に会いに来て、その言葉を残して去っていったのだろう。 ペールは桶に掛かっているタオルを水に浸し絞ると、ガイののど元や顔を拭ってから額へ乗せた。 そして、自らもまた別の仕事をすべく、その場から離れた。 作戦決行日、午前1時半。 ジェイドは整列された兵士の前に立っていた。 「良いか、これから全体の作戦の最終確認を行う。 まず、標的の行動時間は今までの報告から推測して一八○○から翌○四○○の間。 それらの時間帯以外は休息時間と予測する、しかし目撃等からのものであり正確な時間は分からない。 故、作戦決行時間はそれらより二時間ずらし、○六○○から一四○○までとする。 大凡の位置に第一部隊が予め用意する譜術による結界を展開、第四部隊は囮として相手を引き込んだ後即撤収。 ただし、無理はするな。次いで第三部隊は弓、術士による遠距離攻撃で動きを鈍らせ、 第二部隊がもう一つ結界を展開させる。 最後、私と第五部隊による譜術により止めとなる。止めに入るまでに最大まで譜力を高めておくように。以上だ」 しっかりと兵を見据えはっきりと内容を伝えると、兵士は一斉に敬礼をした。 部隊一つ一つの作戦は既に確認を行った、そして、残すは。 ジェイドはふと思った。 ガイのことだ。 彼はきっとまだ熱に魘されている。 魔物を討伐することによって救われればいいのだが、その保証はない。 それでも。 この作戦を成功させなければ、この街は疎か、更に被害は拡大していくのではないか。 こうして集まっている兵は、運良く病から逃れた者や三十から上の者達。 皆、身内がいれば家庭もある、恋人もいるだろう。 作戦失敗は、イコール死に繋がっていると思っていた、だが、指揮する側がそう考えているのではいけない。 守りたい、でも、守るためにはまず己が生きていなくては話にならない。 ジェイドは顔を上げる。 ガイに会ってきて、考えた。 それを皆に伝えようと。 「…軍人としてだけでなく、この街を、国を背負う者として、本来ならば失敗は許されない」 その言葉に、見た目は分からずとも固唾を呑んだ者もいるだろう。 此処にいる兵士達は死地に赴くようなものなのだ。 いくら訓練されていても、強大な力には時として敵わない。 己も、また。 彼らを見回す。 辺りはまだ暗く、星空に月が輝いている深夜の時間帯。 しんとした空気の中にジェイドの低い、抑えた声が響く。 「だが、命は無駄に擲つものではありません。失敗したならば一度体制を立て直し引くこともまた作戦。 此処にいる者達、全て揃って帰ってくるのです。それがどんな結果であっても。そして、成功へと繋げるのです。 生きて帰る、それが今回の目的です。…良いですね」 『はっ!!』 「頃合いか。…全軍、出陣!」 ざくざくと草を踏みしめる音を立てながら、ジェイド率いる部隊が到着したのはとある森の前だった。 エンゲーブからグランコクマにかけて広範囲の移動をする魔物は、数人の商人らからの話によると、 その森から出て行き帰ってくる姿を見たというのだ。 魔物など何処にでもいると思っていた彼らは、護衛と共にそれを無視して街を往復していたらしいのだが、 どうやら成長している上に凶暴になっていることに襲われたことによって気付いたという。 面影、という言葉を使うかは分からないが、似ていると。 そして、命からがらグランコクマまで逃げて来たのだが、仲間と護衛が数人やられてしまったと言っていた。 接触しての生存者から情報を得られることはとても有り難い。 日は既に顔を出している。 恐らく魔物は眠りについている時間、ならば、罠を張るならば今。 「良いか、第一、第二部隊は譜陣の準備を。気取られないように注意せよ。第三部隊は各武器の用意。 第四部隊は二手に分かれ片方は此処に残り、もう片方は馬に乗り森へ。時刻になったら合図を送る。 第五部隊はまず第三、第四部隊に補助譜術、次に陣を囲むように待機するように」 整列されていた兵達は、一斉に動き始めた。 それに合わせてジェイドもまた結界を張る部隊に寄っていく。 純度を高め清められた聖水を、大きく円状と呪文を書きながら蒔く。 もう一つは円と六芒星を描く。 二重結界など滅多に使わない上に激しく力を消耗する為、成功するかは低い確率、ほとんど賭だ。 一応事前訓練はしたものの、ここまで広大な範囲ではなかった。 無理を強いているのは承知の上だが、やってもうらうしかない。 とはいえ、この討伐作戦自体もまた、賭のようなものであるのだが。 まわりを見回せば、それぞれ作業を行っている者達ばかりだ。 ジェイド自身も確かめるように軽く譜術を唱え、満足したように一つ頷いた。 ふと空を見上げると、まだ低い位置にあった太陽は先程よりは高い位置に昇っている。 まだ朝日と言える頃合いだからか、ひどく眩しい。 とはいえ、刻一刻と時が迫っているのは事実だ。 生きて帰れるか、それとも多くの犠牲を産むことになるか、一か八かだ。 「準備、全て完了しました」 ぴしりと背を伸ばし報告する兵士へと振り返り、ジェイドは一度目を閉じる。 「分かった、私が合図を送る。持ち場へ戻れ」 「はっ!」 来たのだ、この時が。 目を開け、一つ術を唱える。 手から生み出された光球がふわりと空高く舞うと、弾けた。 一瞬辺りが更に明るくなると同時に、魔物が居る離れた森から爆音が響く。 囮を務める部隊が、術を使ったのだろう。 もうもうと上がる黒い煙と、そして。 「来たっ!」 誰かが言うと共に数人の兵士が馬に乗り駆けてくる。 後ろにいるのは三メートル以上あろうかという大きな魔物。 話に聞いていたような姿形は確認できるが、それよりも一回り大きい気がする。 だが、それを悠長に眺めている暇などない。 直ぐに命を下す。 「第四部隊、更に引きつけるのだ!」 兵士達は結界の上を駆け抜けていく。 更にもう一つの第四部隊が、魔物が迫る結界から離れた直線上に立ち、術を放つ。 魔物の近くや自身の肩を切り裂き、或いは爆ぜるように爆発する。 怒りからか魔物は一つ咆吼を上げると、攻撃した者達を排除しようと更に突進していった。 そして結界中央まで到達した時。 「今だ!」 結界の周りを囲むように立つ第三部隊が、今度は弓や譜術で畳み掛ける。 一身に攻撃を受け、敵が追いかけていた者達だけではないと分かった魔物は、 しかし標的が多すぎたのか一瞬怯み隙を見せ、陣の上で立ち止まる。 「第一部隊、展開!」 ジェイドが指示を飛ばすと、一つ目の外側の陣が魔物を囲うように展開される。 「続いて第二部隊!」 今度は魔物の足下から、六芒星が浮かび上がった。 二重結界は成功、そして。 「第五部隊、放て!!」 声と同時に一斉に、それぞれ第一から第六の属性を持った譜術が魔物へと放たれた。 結界内で術が更にぶつかりあい、轟音と共に大地が弾け結界内を暴れ回る。 仕上げにと最後、術による風圧に耐えながらジェイドが詠唱を始める。 ───天光満つるところ我はあり 風が収まり、詠唱を早めようとした瞬間だった。 「大佐っ!!」 誰かが叫び、その声にはっとする。 あれだけの術を一度に喰らい、大きくダメージを受けた魔物は、遠くからの見た目で分かるほどぼろぼろだった。 しかし、最期の抵抗とばかりに結界を打ち破り、物凄い早さでジェイド目掛けて突進してきたのだ。 ───黄泉の門開くところに汝あり 恐らく本能と、強大な音素がジェイドに集まっていると気付いて最大の敵と見なしたのだろう。 地鳴りがするほどの咆吼。 ぼたぼたと至る傷口から血を零しながら迫る魔物は、ジェイドとあとどれ程の距離か。 ───出でよ、神の雷 もう目の前まで迫っている。 長い爪が生えた腕を大きく振りかぶり、魔物はジェイド目掛けて振り下ろす。 『グゥオオオオオオオ!!!』 「──これで、終わりです…っ! インディグネイション!!」 next→ 2007/3/1 蓬 |