見えたのは白い光か。
否、違う。
白い光ではなく、白い天井か。

ふ、と浮上した意識に目が自然と開くが、目が付いていかない。
眩しい。

「お、気が付いたかー」

間延びしたような声と共に、視界に彼よりも濃い金糸が映る。
この声は、確か。

「それともまだ駄目か?」

そう、そうだ。
幼馴染みのあの男。
そうなると、此処はグランコクマか。
あの後一体どうしたというのか。

「おーい」
「…聞こえてますよ」
「お、何だ。じゃあとっとと返事くらいしろよ」

出した声は酷く掠れ、喉が渇きを訴えていた。
思わず手を喉元に当てようとして腕を上げようと試みるも、瞬間走った鋭い痛みに徒労に終わる。
身じろぎしようとしたジェイドに気付いてか、ピオニーは軽く諌めた。

「お前、ぎりぎり致命傷は避けたものの、ひでえ傷負って帰ってきたんだから、あんまり動こうとするなよ」
「酷い傷…?」
「あ、そうだ。ガイラルディアが随分心配してたぞ。今呼んできてやる、待ってろ」

そう言って席を立って出て行ったピオニーを目で追う気力すらなく、ジェイドは息をついた。
最後に残っている記憶は目前まで来ていた酷く醜い魔物と、自身が放った譜術により光に包まれたところくらいだ。
こうして無事に帰ってきたということは、作戦は成功したということでいいのだろうか。

「兵士に向かわせたから、今に来るだろ」
「…陛下」
「あー?」
「私をサボる口実に使わないで下さいね」
「ははっ、気付いたばっかりでんな事言えるんだったら、平気だな」

心底おかしそうに笑うピオニーに睨みを利かせたいところだが、首を動かしても痛みが走りそうで躊躇われる。

「ところで、魔物はどうなりましたか」
「あー…、まあいいじゃないかそんなこと」
「よくありません。気になって療養に専念することも出来ません」

がりがりと音を立ててピオニーは頭を掻く。

「…、お前達が倒したので本物だったようだ。流行ってた病気も、この数日間であっというまに消えた。
 つまりは、あの魔物がウィルスをばらまいてたみたいだな。ついでに、彼奴自身が核で」
「それを倒さない限り消えなかったと」
「ああ。あの魔物から採取した細胞が云々って報告を受けたんだが…俺は専門外だからなぁ。訳分からん」
「陛下、そういうこと苦手ですしね」
「余計なお世話だ。詳しい話は、きちんと動けて仕事に出られるようになってから聞いてくれ」
「そうします」
「丁度、来たみたいだしな」

ピオニーの言葉を疑問に思う前に、ばたばたと走る音とバタンと大きく扉が開けられる音がした。

「あ…、陛下…、ジェ、ジェイドは」
「ガイラルディア、心配なのは分かるが、怪我人がいるんだぞ」
「…すみません」

息せき切って訪れた人物は、ピオニーに咎められて酷く落ち込んだようだ。
声に明らかな落胆を含んでいたが、それに苦笑するとピオニーは椅子から立ち上がる。

「んじゃ、お邪魔者は退散するか。ガイラルディア、お前もあまり無理するなよ。病み上がりなんだからな」
「は、はい」
「貴方は仕事して下さいね、陛下」
「聞こえんな」

お目付役、というわけではないのだが、ある意味最大の敵であるジェイドとガイが二人揃って此処にいるから、
恐らく暫くは気楽な身分を満喫しようと思っているに違いないと、ジェイドは顔を顰める。
仕事が溜まって仕方がない、しわ寄せがそれこそ病み上がりの己に降りかかったらと思うとぞっとしないが、
何分動けないためどうしようもないところが悔しい。

「……」

それに、先程からまだ入り口で突っ立っているガイのこともある。
首を廻らすことが出来ないのでどんな顔をしているかは分からないが、想像は出来た。
極力優しい声で呼びかけてみる。

「ガイ」

すると部屋の空気が動いて、ガイはジェイドが横たわるベッドへとふらふらとした足取りで近寄った。
覗き込む顔はやはり、酷く悲しみを帯びている。

心配したと言っていた。
実際、ジェイド自身つい最近まで倒れていたガイの姿を覚えているだけに、その気持ちはよく分かる。
けれど、何よりもまたこうして起きて、元気な姿を見られたことが凄く嬉しい。

「…何、笑ってるんだよ」

珍しく感情が表に出てしまったのか、指摘されてしまった。
しかし抑えることが出来ないのだ。

「貴方が、無事な姿が見られて嬉しいんですよ」

ジェイドの言葉に息を飲んだようで、視界に入るガイの青い目はゆらゆらと頼りなげに揺れていた。
普段の彼からは想像できないその姿を、手を伸ばして抱きしめることが出来ないのがもどかしい。

「し、心配したんだ」
「ええ」
「起きあがれるようになったから、急いで登城して、ジェイドに会いたくて」
「ええ」
「でも、話聞いて、酷い怪我したって」
「…ええ」
「暫く全然会えなくて、会えたと思ったら、…こんな姿で」
「…すみません」

途切れ途切れに語るガイに、やはりジェイドは笑みが深くなる。
心配してくれている、そのこともただひたすら嬉しさを増長させる。

「でも、私も心配したのですよ。ガイが倒れて日に日に弱っていくのを、見ることしか出来なくて」
「それは、…」
「分かっています。ガイの所為ではないと。でも、私の気持ちも分かって頂けました?」
「…うん。あ、遠征に行く前に、俺に一度会いに来てくれたんだろ?」
「よく知っていますね」
「…何か、誰かが来てくれた気がして、ペールに聞いたらジェイドが来たって。…ありがとう」
「いいえ、私も貴方に会いたかったものですから。…それはそうとガイ」
「ん?」

ぱっと上がった表情に、もう悲しみは帯びていなかった。
それならばいいだろうと、ジェイドはにっこりと笑ってちらりと目だけを動かす。

「そこに水差しはありませんか?」
「あるが…。あ、水飲むのか?」
「ええ、飲ませて下さい」

その言葉に、ガイがきょとんとする。

「飲ませてって…、動けないだろ」
「やですねぇ、察しが悪くて。まあ、まだまだ初心ととってもいいのでしょうけど」
「は? …もしかして」

呟いた瞬間、視界に映るガイの顔が真っ赤に染まった。
それに対しジェイドが意地の悪い笑みを浮かべる。

「おや、察して頂けました?」
「あ、あんたなぁ…」
「で、どうです?」
「………うぅ…」

頬を赤く染めるガイに忍び笑い、状況を利用してならガイもしてくれるだろうと思ったのだが、
やはりこういったことに慣れていないから駄目か、と口を開こうとした時。

「!」

視界一杯に広がった、強く目を瞑るガイの顔。
ジェイドは一瞬止まるが、それに素早く反応して移される水を飲み込んだ。
そうして離れようとする前に、痛みを無視して腕を上げ、ガイの頭を抑える。

「んっ!?」

驚き目を見開くガイの青と、ジェイドの赤が交わる。
慌てたように身じろぐのを怪我人だというのに何処から力が出るのか強く抑えて、久しぶりの感触を味わう。
やがて大人しくなったガイに小さく笑うと、少しした後解放した。

「っ、ジェ、ジェイド…!」
「こうなることは予測済みでしょうに」
「んなことないっ」
「ふふ、まあ、そういうことにしておいてあげましょうか」
「……」

じろりと睨まれるが、何処吹く風。
その態度にガイが苦笑した後、一瞬だけ切なそうに笑ったのをジェイドは見逃さなかった。

「俺、まだ病み上がりって事で何日か休み貰ってるから、…その」
「何です?」
「また、見舞いに来てもいいか…?」

不安げに言うガイに、ジェイドは呆れたような溜息を零した。
何を今更遠慮することがあろうか。
もう少し、否、もっと甘えればいいというのに。
しかし、そうやって自ら近寄ろうとするところは、前進したと言うべきか。

「ガイなら、何時でも諸手をあげて歓迎しますよ」
「…うん。…あ、窓、開けても良いか?」
「ええ、どうぞ」

からりと音を立てて開いた窓から、ふわりと暖かい風が舞い込んできた。
すう、と息を吸って新鮮な空気を取り込む。

事後処理のことを考えると頭が痛いが、暫くまともに会えなかった彼との逢瀬を、どうせなら今存分に堪能してやろう。

揺れたカーテンと、光を背負うガイの姿に、ジェイドは目を細めた。








  end


  2007/3/1 蓬