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暑い暑い、夏の日のことだ。 その日偶々、帰りの道が道路工事で封鎖されていた。 通ろうと思えば通れる幅で、歩行者用の道が用意されているのだが、 如何せん工事の音は、暑さや蝉の声等も混ざっていることにより余計に耳障りに思え、酷く不快だった。 表通りはどうせ、帰りに本屋へ立ち寄れるから通っているという程度。 まあいいかと、表通りから裏通りへと足を向け、家の方向へ歩いた。 酷い暑さ。 天気予報では確か、35度を超えると言っていた。 じわじわと上がるコンクリートからの熱と、降りそそぐ太陽の熱。 そこかしこで精一杯生きる蝉の声が、裏通りに響き渡る。 こんな暑さの中、汗を掻いていないはずがなく、暑いと思わないはずもなく。 人並みにそれらを感じているのに、それでも友人からは。 『一人だけ涼しい顔をしやがってコノヤロー』 と言われた。 心外だ。 彼と帰りの方向は同じ。 本当ならその友人もいつも一緒に帰っている─正確には着いてきている─のだが、 今日は部活の集会があるとかで、今居るのは僕一人だった。 暑いということと、昼間の時間帯だけあって、人は一人も見あたらない。 時折ある建物と木々の陰に入りながら、コツコツと一定の音を立ててひたすらに歩いていた。 角を曲がった先、低い塀、木々に囲まれた庭の隙間から、きらり、と金色に光る何かが見えた。 いつもなら何かが目に入っても特に気にとめないはずなのに。 何故かその時は無性に気になって、周りに誰も居ないことを横目で確認し、 そっと木の陰から中を覗いてみた。 金色の正体は、一人の青年だった。 きらりと光ったのは、太陽に輝いた髪の色。 こちらに背を向け、庭に咲いている色取り取りの花達に、水を撒いている。 ホースの先から流れるそれは、頭上に輝く太陽の光を浴びて虹が掛かっていた。 じ、と見ていると、急にこちら側へと振り返った。 焦って隠れるも、青年は僕に気付かなかったようだ。 それを良いことに、再び青年を見る。 彼は、撒き終わったそれに満足そうに頷いて、じっと花々を眺めている。 その花々は、水によって反射された光で輝いて、生き生きしているように見えた。 そうして、青年はふっと笑った。 柔らかい、優しい笑顔だった。 例えるなら、春の微風のような、そんな。 汗を流すほどに、うんざりするほどに暑いのに、そこだけふわりと季節が変わった気がした。 とくん、と自分の中で、何かが鳴る。 青年は一度伸びをすると、伸ばされたホースを纏めて、青年は家の中へ戻っていった。 からから、ぱたん、と音がして、彼の姿が見えなくなる。 そこでふっと、自分の影が先程よりも傾いていることに気が付いて、 大分長い間彼を見続けていたことを知った。 何があるわけでもないのに、何故か彼が気になった。 笑った、彼の姿。 ちらりと木の隙間から見えた彼の瞳は、今日のような青空の色をしていた。 綺麗、だった。 (…帰ろう) 周りに誰も居ないから良いものの、これを誰かに見られたら、相当怪しい人物だ。 さっと辺りを見回すと、長い時間立っていたのに誰も居なかった。 それに少し安堵して、今度こそ家へ帰るべく、踵を返した。 ***** 次の日の、放課後。 必要な道具を鞄に詰め、帰ろうと席を立ち上がろうとした。 「おいジェイドー、どっか遊びに行こうぜ」 夏を人間にしたらこういうのなんじゃないだろうか、と思えるような暑苦しい笑顔を振りまいているのだろう。 その声の主に、背後から首を絞めるように腕を回された。 顔を見なくても誰かは分かる。 僕にこんなことをするのは、ピオニーだけだ。 「暑いよ、ピオニー」 「ああ、毎日毎日、あっちぃよなぁ…」 しみじみと彼は言う、僕としては離れろという意味合いを含めたつもりだったのだが。 彼は気付いていないのか、それとも気付いているのに無視をしているのか。 多分後者であろうが、そんなのはどちらでもいい。 とにかく、暑苦しいから離れて欲しい。 回された腕に手を掛け、無理矢理剥がす。 軽く睨んで見せるも、簡単にかわされた。 「で、返事は?」 「ノー」 「何だよ。先客でもいるのか?」 「いないよ」 さらりとした答えに納得いかないのか、ピオニーは眉根を寄せた。 「じゃあ、いいじゃないか」 「悪いけど、そういう気分じゃないんだ」 がたり、と椅子が音を立てる。 立ち上がった僕は、ピオニーに対して片手を上げてみせた。 幾分つまらなさそうな顔をして、じゃあな、と返してくる。 「ちぇー。…お、サフィールー」 ターゲットを変えたらしい。 あれを足止めしていてくれるなら、丁度良い。 捕まると長い時間ついてくるから、相手が面倒なのだ。 今日もあそこへ行ってみようと思っているのに、捕まったらいけなくなってしまう。 矛先が此方へ向かないうちに、さっさと教室を後にした。 外に出た時の、むわっとした暑さは相変わらず。 蝉の鳴き声も、日差しも、昨日とほとんど変わらない。 今日は封鎖されていない道路、高校から指定されている帰り道は表通り。 それでも裏通りへと回る。 暑いからなのか、今日も人は誰も見あたらなかった。 角を曲がった先、低い塀、庭の中。 昨日と同じように花に水まきでもしているかと思ったのだが、そうはいかなかったようだ。 彼の姿はない。 ついでに、水を撒いたような形跡も、見た限りではなさそうだ。 彼が気になって、また見たいと思って来たのだが。 ずっと此処で待っているのも、流石に怪しい。 今日は諦めて帰ろう、そう思って一歩踏み出そうとした瞬間。 「うちに何か用かい?」 家の主なのだろうか、背後から声を掛けられた。 周囲には誰も居ないと思っていたから、驚きも倍増だった。 慌てて振り向けば、視界に入ったのは、あの、金髪の青年。 にこりと、昨日の笑顔とは違う笑顔で笑っている。 それに対して、強い違和感を覚えた。 何だろうかと考えるも原因は全く分からず、とりあえずは目の前の青年に対して首を振って答えることにした。 「いいえ」 「そっか」 今度は、何処か寂しさを含んで笑った。 暑いから、倒れないように気を付けて帰りなさい、と言うそんな彼を引き留めたくなって、 僕は塀越しに、木々の隙間から見える庭を見ながら呟いた。 「…花、綺麗ですね」 すると、青年はまた笑った。 それは昨日見たような、ふわりとしたもので。 「良かったら、見ていかないか?」 「宜しいですか」 「ああ。お茶、ご馳走するから」 幾分嬉しそうに笑いながら玄関のある方角を指さして、こっち、と彼は先導して歩いた。 随分とゆっくりとした歩みで、僕はそれに従うようについていく。 進んで他人に立ち入ろうとするなんて、何という気まぐれを起こしたのか。 自分で自分が不思議で仕方が無く、けれど、新しい出来事に何かを期待しているようで。 青年の背を見ながら、どんな扉が開かれるだろうかと胸を躍らせた。 汚くて悪いな、そう言いながら通された部屋は、汚いどころか寧ろ綺麗すぎた。 まるでモデルルームのように片づけられており、人が住んでいる気配が感じられない程だ。 部屋のエアコンを付け、青年はキッチンへと移動した。 「今、お茶出すよ」 「すみません」 適当に座っていて。 そう言われたので、二つ置いてあった内一つの座布団の上に座り、そこから見える庭を眺めた。 外から見る景色と、中から見る景色は全く違った。 色取り取りの花が咲き乱れ、それらはあまりに鮮やかで、眩しすぎるくらいだ。 その周りには木々が、庭を囲むように茂っている。 ここから見た限り、庭の中からは外は見えづらく、死角が多いようだ。 僕が外から彼を見ていたのも、その死角からだったらしい。 まるで小さな箱庭、隔絶された世界のようだ、と僕は思った。 「はい、どうぞ」 「ありがとうございます」 置かれたガラスのコップには、冷茶が注がれている。 冷えた中身と暑い空気が互いに反応を起こし、直ぐにコップは汗を掻いた。 一筋、雫が流れ落ちる。 「…花に、興味があるのかい?」 庭を眺めていたところ見られたからか、青年は尋ねてきた。 確かに彼の質問は間違いではないが、本当は庭よりも青年が気になっての行動だ。 しかし流石にそれを正直に話すのも憚られ、とりあえずは頷いておくことにした。 「あれは、貴方一人で?」 「ああ。種を持ってきてくれたのは、違う人だけどな。 …これから水を撒こうと思ってるんだが、良かったら手伝ってくれないか?」 客人にこんなことをさせるのは、申し訳ないのだけれど。 そう言う青年は、寂しそうに笑っていた。 何故そんな風に笑うのかが理解できず、しかし花を見るという方便で彼の家へ上がらせて貰ったのだから、 断るのも少し気が引けて、僕は問いに頷いて返した。 青年はゆっくりと立ち上がると、ガラス戸を開けた。 カラカラと音を立てて開かれたそこから、むっとした空気が流れてくる。 それに対し内心顔を顰めながら、置いてあるサンダルを履く。 青年はホースを持ち、僕は彼が水を入れた如雨露を渡された。 「小さな鉢植えとかが置いてあるだろう? それに軽くでいいから、水をあげてくれるかい」 綺麗に並べられた鉢植えへ向かい、如雨露を傾ける。 さああ、と水の流れる音がして、乾いた鉢植えの土は見る間に湿気を帯びる。 青年の方を見やれば、昨日見たのと同じように、ホースで水を撒いていた。 きらきらと水が輝き、反射して、虹を作っている。 何処かしなだれていたように見えた木や草花は、少し元気を取り戻したように見えた。 暫くそうした後、青年は満足そうに微笑む。 「毎日こうしているんですか?」 「夏の間の暑い日は、確かに毎日やったりするけどね。 冬場とかだと根が腐ってしまうこともあるから、毎日じゃないかな」 「へぇ…」 「ああ、そうだ、ありがとう。手伝ってくれたお礼に…少しうちで涼んで行ってくれよ。君が良ければ、だけど」 「…ジェイド、です。ジェイド・カーティス。貴方は?」 「あ、そっか、悪い。自己紹介がまだだっけ。俺はガイ・セシル。ガイで良いよ」 「僕もジェイドで構いません。…少し、涼ませていただきます」 「分かった。…何か他に冷たい物でもあればいいんだが…。あ、淹れたお茶、もう温くなったかな…」 ぶつぶつと一人呟きながら、青年は部屋の中へ入った。 それに続いて中へ入ると、部屋は心地よい涼しさだった。 苦にならないほどの気温差に設定されていたようだ。 先程座っていた位置に再び座り、水をやった後の庭を眺めた。 太陽の光を浴びて、色取り取りの花や水と共に、輝いている庭がそこにある。 幻想の世界に迷い込んだような、そんな錯覚が起こる。 「すまないな。淹れなおしたから」 「こちらこそ、すみません」 「…君、この近くの学校の、高校生?」 「ええ」 「そっか、いいなぁ」 懐かしい、と言うでもなく、そんな言葉をもらしたガイを純粋に疑問に思った。 「いいな、とは?」 「ん? ああ…、俺、高校通ってないからさ。青春とかそういうの、無縁で」 さらりと笑いながら言われたそれは、表情と口調に似合わずシビアな内容だ。 拙いことを聞いたかと、謝ろうと口を開くと、その前にガイが口を開く。 「俺、体が弱くて。中学までは通ったけど、あんまり外に出られなくて…。 今はこうして趣味で花を育てながら、仕事やってるんだ」 「仕事、ですか」 「ああ、デザイナーみたいなの。俺のこと知ってくれている人が取りに来てくれるから、その辺は安心なんだ。 …っと、久々だから喋りすぎたかな。こんな身の上話、迷惑だったね」 「…いいえ」 困ったように頭を掻くガイに、僕は笑った。 誰かが長い時間訪れることは、あまりないのかもしれない。 そうして、ああ、彼が寂しそうに笑っていたのはその所為だったんだ、と気付く。 笑った僕に安心したように、彼もまた笑ってくれた。 ふわりとした、優しくて、かなしい笑顔。 初め見た時に、魅せられた、あの笑顔。 何処まで立ち入って良いのか分からないが、彼のことをもっと知りたいという欲求が湧く。 「アトリエなんかは、あるんですか?」 「趣味でやる絵画とか…、専用の部屋を作ってるよ」 「見せて頂いても、よろしいですか?」 「もちろんさ。こっちだ」 立ち上がると、彼はゆっくりと歩き出した。 この家の中に入るにも、彼はゆっくりと歩いていた事を思い出す。 僕は彼の二歩後ろを、同じくらいの速度で歩いた。 「ここだ」 キィ、と音を立てて、扉をが開かれる。 その先には、小さな画用紙、スケッチブックから、大きなキャンバスまで。 様々な道具や絵が、敷き詰められるようにそこかしこに置かれている。 「凄い…ですね…」 「はは、そうか? 量だけはあるからな」 「量というか…」 あの生活感のないリビングとは対照的だ。 ほう、とため息が出てしまうくらい、庭と同じようにその部屋は色鮮やかだった。 いやもしかしたら、あの庭よりも鮮やかかもしれない。 それらには、あの庭にある色取り取りの花から、動物、人間等、様々な物が描かれている。 もっと近くで見てみて、それに触れたい。 そう思いながら立ちつくす僕の肩を、ガイは軽く叩いた。 「中も見たいなら、好きにしていていいよ」 「? …貴方は?」 「そろそろ来客の時間なんだ」 「それでは、僕はお邪魔したほうが」 「大丈夫、直ぐに帰る人だし。あ、飲み物とか、こっちに持ってきて飲んだりして構わないから」 そうして、ふらりと玄関の方向へと行ってしまう。 (飲み物…さっきから確かに口にしてないけれど…。気を回してくれたのか) でもそれよりも、と彼を見送った方から部屋へと体の向きを変え、一歩二歩と、部屋に入る。 すると油やアクリルの匂いが、つん、と香ってきた。 部屋全体を見回すと、壁には所々に色が散っている。 描いている内に、はみ出してしまったのだろうか。 赤、青、黄、白、紫、桃…。 様々な色が使われ、小さな花が描かれている画用紙を見つけた。 これはどうやら、パステルのようだ。 公園が描かれているものもある。 見たことのある公園、此処は行ったことがある。 大きな噴水と、それの縁に座って水面を覗き込む人。 遊ぶ子供、犬と散歩する女性、時計、木々、様々なものたち。 色々と見回すも、その中で、僕は部屋の真ん中にある一際大きな絵に近づいた。 一人の金髪の女性が描かれている。 それは聖女のような穏やかな笑みを浮かべ、じっと此方を見下ろしていた。 見つめていると、彼女の瞳に吸い込まれそうな気がしてしまう。 彼は、一体どういう気持ちでこれを描いたのだろうか。 本当は触れてはいけないのだろうが、何よりも好奇心が勝った。 触れれば、彼の気持ちが少しは分かるだろうか。 僕はそれにそっと手を伸ばす、だが。 『だから、何故だ!?』 「っ、…?」 突然聞こえてきた声に驚いて、絵へ伸ばした手を止めてしまった。 続いて更に聞こえたそれは、自分へ向けられた物ではないらしい。 ガイが向かった先、玄関の方角からそれは聞こえる。 あの穏やかに笑んでいた彼からは想像が出来ないほどに、それは怒りが込められていた。 いけないと思いつつ、部屋からそっと聞き耳を立ててしまう。 『ガイラルディア様…』 『俺はもう子供じゃない! 何故駄目なんだ…!』 『皆様の判断です』 『お前もみんなも、いつもそうだ…。それしか言わない』 『……』 『もういい、帰れ! それから、次は違う人間を使いに寄越せ。お前の顔はもう、見たくない!』 『……。承知しました』 カチャリ、…ガッタン。 それらの音と共に、来訪者は帰ったようだ。 しん…、と廊下は静まり返っている。 聞かない方が、帰った方が、良かったか。 しかしそう考えるも後の祭りで、意味もない事だとはよく分かっている。 彼は此方に来るのだろうか、そう思って身構えていたが、いつまで経っても戻ってくる気配はない。 気になって、先程声がしていた方へと向かう。 (…居た) 見えた先の彼は、蹲っていた。 また一歩、近づこうとした時、きしりと床が鳴る。 ぴくりと彼の肩が揺れ、顔を上げて此方を向くと苦く笑った。 「あ、…ははは。聞こえてた、よな」 「…すいません」 「君が謝ることじゃない。俺がもっと思慮のある対応をすれば良かったんだ。 気分、悪くしただろう? …すまない」 今度は悲しそうに笑う。 青空のような瞳は曇り、今にも涙が溢れそうなほどに揺れていた。 どきり、と心臓が鳴る。 何に対して? 落ちそうな涙、今の悲しそうな笑顔。 それから、昼間の優しい笑顔、…彼自身。 ──全てに。 (たった2日しか。しかも、言葉を交わしたのは、今日が初めてだというのに) 好きだと思った。 彼に惹かれていた。 知りたいと、願った。 「好きです」 言葉は自然に、口からこぼれ落ちた。 悲しそうに笑っていたガイの顔は、途端にきょとんとしたものに変わった。 「…へ?」 「好きです。ガイ、貴方が」 「い、いやいや。ちょっと待ってくれ。何がどうしてそうなるんだ?」 「一目惚れというやつですか」 「え、えええ?」 どう対応して良いのか分からない、それがありありと顔に表れている。 焦ったように視線を忙しなくあちこちへと飛ばし、どうしたものかと彼は思慮に暮れた。 次いで、恐る恐る口を開く。 「俺、男だぜ?」 「見れば分かります」 「ジェイドも…男だろう?」 「女に見えますか?」 「いや、見えないけどさ。…美人だとは、思うけど」 困ったように下を向きながら頭を掻く彼に、眼鏡を外して、音を立てずに近づいた。 彼に影が落ちる。 気付いたガイが顔を上げた刹那、ちゅ、とわざと音を立てて唇にキスをした。 「なっ…!」 「僕が本気だと分かりましたか?」 「…、お、俺…」 「?」 「キス、初めてだったのに…」 ふわっと赤くなり、直ぐにさっと青くなったガイが面白くて、僕は喉を鳴らして笑う。 ムッとしたように眉根を寄せて、ガイは僕を睨み付けた。 「何だよっ」 「…いえ、貴方が可愛らしくて」 「…はぁ? 何だそりゃ」 どうにも噛み合わない会話に、はぁ、と彼が息をつく。 それにもう一度笑って、彼と同じ視線の高さになるように膝をついた。 そっと彼の手に触れ、握る。 拒絶されるかと思ったが、ガイはそうしなかった。 「…俺は年上だぜ?」 「関係ありませんね」 「一時の気の迷いかもしれないぞ?」 「気の迷いでも結構ですよ。そこから本気になっていきますから」 「俺みたいなつまらない人間、きっと直ぐに飽きる」 「貴方はつまらなくなどありません。とても惹かれます」 「…俺は、何も知らない。…世間がどうだとか、そういうのは疎いから」 「それは好都合ですね」 何を反論されても全て笑顔でかわしてやると、とうとうガイは言葉を失った。 手を握り返してくるが、顔はそらされる。 「…誰かに好きだなんて言われたのは、初めてだ。…嬉しい、ような…? とはいえ、複雑だ…」 「素直に受け取ってください」 「けど、どう返して良いか…分からない」 「それは、構いません。貴方にも本気になって頂きますから。好きだと、言わせてみせます」 いつの間にか日はほぼ暮れて、玄関は薄暗くなっている。 そんな少しの明かりでもきらきらと煌めく彼の金髪は美しく、僕はそっとそれに手を入れた。 目尻の近くを朱に染めながら、軽く睨んでくる彼に酷く、心惹かれる。 「…元気、出ましたか?」 「…え」 「こんなタイミングでおかしいと思われるかもしれませんが…言わせてください。 …貴方が先程、どんな会話をしていたか聞くつもりはありません」 「…?」 「僕は、ガイの色々な表情が見たいと思いました。ですが、悲しんでいる顔は見たくない。 貴方の笑った顔を、見ていたい」 「…、ジェイド…」 「…もう一度、口づけても?」 「……」 口を閉ざした彼の頭を、ゆっくりと撫でた。 ふわりと赤みが差した頬まで手を下げて、此方へと顔を向けさせると。 「…好きにすれば良いよ」 「そうします」 ぶっきらぼうに放たれた了承に、小さく笑って彼の口を塞いだ。 さっきより少し長めに触れて、そっと離れる。 それでもまだ互いに近い距離で見つめると、ふっと視線はそらされた。 「も、もう…遅いだろうから、帰った方が良い」 「出来れば離れたくないんですが…、そうですね。仕方がありません」 すっと離れると、彼はほっとしたような表情をする。 それを無視して、外した眼鏡を掛けて、まずは立ち上がった。 次いで繋がれたままの手を引いて、彼に無理のないように立ち上がらせる。 「鞄取ってきますから、待っていてください」 「…分かった」 そう返すガイに頷いて、僕はリビングへ鞄を取りに行く。 カチャリと開いたリビングは既に暗くなっており、扉近くにあったスイッチを押して明かりを付ける。 中からは、もうあまり外の様子を窺い知ることは出来ない。 庭の花も、眠る時間にさしかかる頃だろう。 置いてある鞄を持ち上げると、玄関まで戻る。 じっと此方を見るガイに笑むと、また彼の顔は赤くなった。 最後にもう一度、と、彼の手に触れた。 「また明日、来ますから」 「…ああ」 「庭の水まき、僕も手伝いますね」 「…待ってる」 「ええ」 きゅ、と力を少し込めたあと、手を離した。 離れる温もりが名残惜しいけれど、明日また会えるから。 そう思って、ガイへ微笑んでみせた。 「では、また」 扉を開けて小さく会釈をすると、ガイは手を振った。 「また、な」 キィ、と閉じられるにつれ見えなくなる彼の顔が、悲しそうに歪められたように見えた。 next 2006/12/26 春樹 |