残陽






もう既に夕方なのだと気が付いたのは、遮光カーテンの掛かっていない窓から、
橙に染まった光が知らず内に部屋へと強く差し込んで、眩しいと認識したからだった。
作業の手を止め、窓へと目を向けると案の定、空は赤く染まっている。
日中は様々な色で溢れているはずの外は、陽の橙で違う色彩を帯びていた。

本日の作業はほぼ終了しているし、丁度集中も切れたところだ。
帰るには頃合いだろう、とジェイドは提出用の書類を手にして立ち上がると、執務室を後にした。

司令部へと一部を提出した後、今度はもう一束をピオニーの元へと持って行く。
期日は本日中の物でも明日中の物でも無いし、嫌な顔はされないだろう。
そこまで考えてジェイドはそれを直ぐに否定した。
仕事が増えれば嫌な顔は絶対する人だと言うことを思い出したのだ。

宮殿内へ入れば、此処もまた夕日が差し込んで淡い橙に染まっていた。
青を基調として作られているこの宮殿が、別の色に変わっているこの景色を、今日は何故か心に留めた。
夕日色に染まるこの景色は夕方宮殿に来れば何度でも見られる、別段おかしなことでもない。
しかし、この日のジェイドの心に酷く響いた。
そう、何処か神秘的だったのだ。

メイドに通されたピオニーの私室はブウサギ以外誰も居なかった。
脱走でもしているのだろうか、机の上にはやりかけの書類が乱雑に置かれている。
仕方がない、と重要書類でもないのでメモを残して書類を置くと、さっさと部屋を後にした。
もし今ピオニーに捕まれば、何やかんやと絡まれるような予感が過ぎったからだ。

外に出れば、陽が更に傾いたのか先程より更に影が伸びている。
心なしか空の橙も濃くなっている。
やはりタイミングは良かった、いつもと違う気分で屋敷へと帰れる。

街を歩いていると、海が広く見渡せる道まで来た。
凪いだ水面が揺れ、光を受けて様々に反射し輝いている。

目を竦めてそれをただ眺め歩いていると、その場に佇んで海を眺めている人物を見つけた。
逆光で分かりづらいが、背を向けて立っている姿は、よく見知った背格好を持った人であることに直ぐに気付く。
時折柔らかく吹く風でその人の髪が靡き、燕尾服もまたふわりと揺れた。

声を掛けようと一歩踏み出すと、彼の人も此方を振り向いた。
帰ろうと振り返ったのかそれとも此方に気付いたからなのかは知る由もないが、
ジェイドの姿を見留めた時、金の髪を橙に染めて彼は人好きのする笑みを浮かべた。

「ジェイド」

近寄ってくる気は無いらしい彼の肩口から、遮られた夕日の光が漏れて、片方だけ翼が広がっているようだった。

ゆらゆらと幾重も光を反射し輝く水面。
橙と、そして赤から紺へと変わりゆく空。
優しく心を和らげるように吹く風。
光の翼を片方だけ持つ人。

ジェイドは知れず、ほう、と溜息を吐いた。
今日はとても穏やかで、でもとても高揚している。
不思議な気分だったが、悪くない、と笑った。

此方へと来ないガイの代わりに、ジェイドが近寄る。
そして、手を伸ばしてもまだ触れられない距離まで行くと、すっと手を伸ばした。
位置がずれたからか、もう既に翼のように見えた光は無いが、景色はそのままだ。
高揚はまだ続いている。
ジェイドは目を小さく竦めた。

「ガイ。もしも貴方がいく時は、私も共に連れていってくださいね」

放った言葉は、考えずとも彼には何のことだか分からないだろう。
高揚した気分のままに紡いだそれは、戯れ言のようなものだ。
だがそれでも彼は、何のことだと聞き返さず、瞬きを数回、そうして。

「ああ、ジェイドが一緒なら、退屈しないだろうな」

柔らかく笑って、伸ばした手の上にそっと手を乗せた。
次いで、ぐ、と力を入れて握ると、直ぐにその手は放される。
ジェイドも追いかけることをせず、放された手を下ろした。
人好きのする笑みを悪戯っぽい物に返ると、再び陽の光へとガイは向き直る。

「じゃあ、早速何処かに行くかい?」
「いいですね。行き付けのバーにでも寄ってから帰るとしましょうか」
「その前に、何か腹に入れておかないとな」
「ええ、そうですね」

裏腹に、二人はその場を離れる気配を見せなかった。
ジェイドが前へ進み、二人並んで、沈み行く夕日をじっと眺めていた。

隣にいる人の存在を、互いに強く感じながら。








  end


  2007/10/16 蓬