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「ねぇねぇ、ちょっとい〜い?」 楽しそうにというか、嬉しそうにというか。 兎にも角にも、仲間の少女の弾んだ声が、買い物から帰ってきた青年の後ろから聞こえてきたのだけれど。 小さく咲いた、白い花 後ろから掛けられた声に、ガイは何故か一瞬だけ嫌な予感が過ぎった。 とはいえ、逃げても結局は夕食時に顔をあわせることになるし、その時に報復を喰らうだろうから、 ─報復とはつまり、某ペタペタ攻撃なのだけれど、情けなくても恐いものは恐いのだ─ 振り返ることに利がなくとも、逃げるという選択肢はその瞬間に頭の中から消した。 要は、結局は女性陣には叶わないということで。 通った時にはいなかったから、恐らく隣の、彼女らの部屋から出てきたのだろう。 そうなるともしかしたら、待ち伏せされていたのかもしれない。 「何だい、アニス?」 男性陣が取った三人部屋の前にて、ドアノブに手を掛けながら、ガイは声のする方へ振り返った。 アニスだけかと思いきや、その先には女性が三人とも揃っていて、何だろうかとガイは首を傾げた。 一人一人の表情は、楽しそう─でも少し歪んだ笑いに見える─、興味津々、ちょっと困った笑いにプラス恥じらい、 と言ったところだろうか。 敢えて誰が誰とは明言せずとも、彼女らを知ってる人ならきっと分かってくれると思う。 「あのね、ちょっと私たちの部屋に来て欲しいの」 「君たちの?」 「そ!」 そこで漸くガイはドアノブから掛けたままだった手を放し、えーと、と頭を掻いた。 要領を得ないが、何か困ったことでもあったのだろうか。 いやでも、さっきの嫌な予感とこの笑顔が引っかかるんだよなぁ、と考え事をしながら三人を眺めていると、 ティアが口元に手を当てながら、少し首を傾げて。 「…駄目、かしら?」 そう言うものだから、女性が大好きなガイとしては少々放って置けない気持ちになった。 まぁいいか、彼女らの、仲間の為ならとガイは笑って、分かったと頷いた。 「ぶーぶー! ティアの時は直ぐに頷くのに、何で私の時はそうじゃないの?」 「あー…、ははは…」 まさか、あの笑みが恐ろしくて何も返せなかった等とは言えないな、とむくれるアニスに苦笑をしつつ、 宥めながら促されるままにガイは女性陣の部屋へと入る。 手荷物を持ったままだが、仕方がない。 何かあるのなら少し置かせて貰おうと考えていると、室内には既に先客が居た。 「おや、ガイも連れてきたのですね」 「ジェイド?」 にこ、といつもの読めない笑みを浮かべる青い軍服を纏った男は、 パッと見ではそうでもなかったが、よくよく眺めると途轍もない違和感を感じた。 何だろう、とその違和感を探すように眺めてみると、ジェイドはしなを作った。 「いやん、そんなに見ないでく「キモ」 半眼になりながら台詞をちょん切って即答した時、動いたジェイドの肩に流れる髪の量が少ないことに気付いた。 少し近寄って正面からではなく側面から見ると、少量の両サイドの髪が三つ編みされ、更に後ろで結ばれている。 後ろで纏めてある髪は、ご丁寧にも針金と飴細工で蝶の形を模したデザインの髪留めで飾り付けされていた。 なかなか綺麗な装飾品だったのだが、それよりもまず疑問が先立つ。 「旦那…何だそれは」 ガイが不思議そうに尋ねると後ろから不穏な気配がして、背筋を物凄い勢いで悪寒が走っていく。 ばっと勢いよく振り返った。 背後にいるのは三人の少女だが、皆それぞれ先程の表情を浮かべている。 「ガイ、申し訳ありませんけれど、…少しだけ私たちの悪戯に付き合って下さいませ」 流石は王女だと思わせる華やかな笑みはとても美しかったのだが、ガイにとって死刑宣告に他ならなかった。 かもしれない。 「このピンなど如何です? ビーズがキラキラしていて結構綺麗ですわよ」 「ピンだったら、これもどうかしら。シンプルだけど、先の方に可愛らしい花が付いてるし」 「いっそ、ウィッグ付けて思いっきり髪型変えて遊ぶのもいいかもね〜」 「あら、それも楽しそうですわ!」 お洒落は女の子の永遠の楽しみ。 はしゃいでいる三人を見るのは微笑ましくて良いのだが、 如何せん会話の矛先が自分であるために、ガイは素直に微笑ましく思えなかった。 先程、どんなに報復が恐ろしくとも決死の想いで逃げようとしたのだが、 出入り口は既に背後に居る少女達に封鎖されていた。 更に、窓から逃げようにも生憎四階という高さで流石に危ないということと、もしそちらから逃げるとしても、 黒い笑みを浮かべながらじっとガイを見据えるジェイドを越えていかなければならないということから、 抵抗も碌に出来ずに白旗を上げる羽目になった。 「いやぁ〜楽しそうですねぇ」 隣に座って同じく女性陣を眺めながら、ジェイドは他人事のように言い放った。 「アンタも十分楽しそうだけどな」 「私はもう楽しませて貰いましたよ、勿論」 「へ? …何が?」 その笑顔があまりにも満面過ぎて、ガイは引きつつも恐る恐る聞き返す。 「ポニーテール、ツインテール、お団子、おさげ、カール等々…」 「マジか」 「マジです。ちなみに、色んな装飾品も付けて下さいましたよ」 これもその一つです、お借りしました、と手を飾りへと持って行くジェイドを横目で見つつ、 その場面を何となく想像しようとして、ガイは直ぐに断念した。 視線を戻した先で色んな小物を楽しそうに広げている彼女達は、恐らく同じ事をジェイドの前でもしたのだろう。 ならば、想像するだけ無駄だという物だ。 何より、この男がされた色々な髪型を見たいとは思わない。 しかし気になるのは、それを易々許したことだ。 あまり他人に触れられるのは好きそうではないこの男が、彼女たちの遊びに付き合うとは。 「それはですね」 「心を読むな」 「本を読んでいたら、あっという間に押しかけられましてね。いやぁ、女性の勢いというのは凄まじい」 「…へぇ」 ツッコミが効かない男の話は適当に流すに限る、と生返事を返す。 そして、次にその色んな目に遭うのは自分なのか…、と少し落ち込んでみたりした。 そんな二人のやりとりは全く聞いていなかったであろう三人は、相談が纏まったのか振り返った。 その手には、本当にウィッグが握られている。 ああ、一体どんな頭にされるのかと遠い目をしていると、アニスがジェイドに近づきそれを手渡した。 「じゃ、大佐。よろしくおねがいしまーす!」 「承知しました」 快くウィッグを受け取ったジェイドは、ガイを自分の方へ向けるために肩へ手を伸ばすが、それをするりと避けた。 「何でジェイドがやるんだっ」 更に迫ってくるジェイドの魔の手を避けつつ目の前の男を睨み付けると、それを見ていた少女達が声を上げる。 「私たちでは、ガイに触れられませんもの」 「確かに、出来ることなら私たちで色々弄ってみたいのだけれど…」 …そうでした。 「その髪を捻って、頭に抑えながらくるっと回して…」 「あ、分け目ジグザグにしたいから、櫛はこっちでおねがいしまーす」 「ピンは此方で留めて…、此処で押さえながら」 等々。 ジェイドは次々と出される注文をそつなく実行していく。 結っては皆に可愛いだの似合うだの言われ、解いてさあ次だとまた弄られる。 どうにでもしてくれ、とガイは半ば呆れつつ遊ばれること数十分ほどしただろうか。 隣の部屋に人が出入りした気配がして、彼女たちはギラリと目を光らせた。 「ルークですわっ」 「帰ってきたのね」 「これは遊ばないと!」 アニスは喜々として部屋から出て行こうとする。 哀れルーク、次の標的へと定められてしまったらしい。 しかし此方にはどうにもすることが出来ないので、心の中で合掌するに留めた。 「えーと、俺たちはこれで引き上げてもいいのかな」 そろそろ流石に精神的に疲れてしい小さく挙手をしつつ声を掛けると、 振り返ったアニスが少し考えるような仕草をした。 そうして、ぽん、と手を叩く。 「いいよ。それから、夕飯の時はそれでおねがーい」 「ええっ!? 流石にそれはちょっと…」 「面白そうだと思いますのに…」 つまらなさそうに眉を寄せるアニスとナタリアに、ジェイドがにこやかに同意した。 「そうですよガイ。いかに私たちが食堂に来ている人々から奇異の目を集めるか、実験といこうではありませんか」 「ごめん、やっぱいいや」 即答で拒否したアニスに、ガイは苦笑した。 だが、折角許しを貰えたのだから部屋へ引き返すことにする。 つけたウィッグを外して返すと、ナタリアからピンを渡された。 先程彼女たちが選んでいた、可愛らしいビーズの飾りや花飾りのされた物等、数本ほど。 「これは?」 「差し上げますわ」 「え、いや…」 「こうして楽しむために買ってきたんですの。 今後使わないかと思いますけれど、楽しみはお裾分けということにして頂けませんこと?」 大佐もそれ、差し上げます、と笑って言うナタリアに、ジェイドは礼を述べた。 「それならば、有り難く受け取っておくといたします」 「ええ」 髪もそのままに、ジェイドは部屋を出て行こうとする。 慌ててガイも荷物を取ると後を追って、取った部屋へと戻った。 入れ替わりに、ルークは部屋を出て行く羽目になったが。 自室に戻ってきて、ガイは手の中のピンを見た。 その中の一つを選んで部屋にある鏡の前に立ち、前髪に付けてみる。 装飾された玩具の石が、音素灯の明かりを跳ね返していた。 「似合うじゃないですか」 急に隣から声を掛けられ、驚きのあまり声も出ずに肩が跳ねる。 激しく拍つ胸を押さえながら振り向くと、嫌ににやにやと笑いながらジェイドはそこに立っていた。 「な、何だよ」 「いやー、貴方にそういう趣味があったとは」 「言っておくが、未だに後ろで結んだままのアンタに言われても、説得力なんかまるでないからな」 そうですねぇ、等と頷いたジェイドは、そっと髪留めに触れた。 「…なぁ、ナタリアの言った台詞に、深い意味はあったと思うか?」 「さて。受け取る側の問題でしょう。 貴方があったと思うのなら、そうなのではないですか」 ジェイドは、テーブルに置かれた数本の内の一本のピンを取ると、ガイの前髪に付けてあるピンと交換した。 控えめに付けられた白い小さな花は、金髪に良く映えていた。 「ジェイド?」 行動の意味が分からずにガイが首を傾げると、ジェイドはそっとガイの頬に手を寄せる。 そして、ピンの付けられた髪にそっと口付ける。 「私は、此方の方がよく似合うと思いますよ」 「は…っ? な、何?」 今された行動が理解できず、慌てているガイの視界に、一度離れたジェイドが一杯に広がってくる。 あまりにも男の目が優しげで、それを見てガイは酷く動揺してしまった。 このままでは拙いと頭が警鐘を鳴らしているが、体はまるで金縛りにあったかのように全くいうことを聞かなかった。 唇が触れてしまいそうで、思わず目をぎゅっと瞑った。 その時。 がちゃ、バタン。 「あーったく、んだよ彼奴ら。人を玩具にしやがって…」 タイミング良く─悪く?─戻ってきたルークの声に、咄嗟にジェイドを突き飛ばしていた。 倒れはしなかったものの、些か踏ん張ったような体勢と、此方は腕を突っ張った体勢でお互い固まっている。 不思議そうにルークが何をやってるんだ、と尋ねてきたが、何も答えられず誤魔化すように笑うしかない。 助かった、とガイは胸を撫で下ろした。 ジェイドにされそうになったことは忘れよう、とにかく忘れよう。 きっとからかっていたに違いない、と思い込もうとしてピンを取り外した時。 「惜しかったですね…」 上から聞こえた小さな声に、ただ聞こえなかったふりをするしかなかった。 end 2007/9/5 蓬 |