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夏の盛りは過ぎ、そろそろ秋に入ろうとしているこの季節、それでもまだ何処も彼処も暑さが残っている。 静かな場所に作られている建物でも、涼を取り入れるために廊下の窓が開けられているため、 響く虫の声がし、ほんの緩やかな生温い風を受けて金茶色の髪がふわりと舞った。 決まった人間以外誰一人として通らない離れへの道、そこをジェイドは歩いていた。 暫く歩いてやがて目の前に現れた扉を、遠慮無くノックもせずに押し開く。 広がった先もまだ廊下が続いている、だが、先ほどの暑さとはほど遠い、何処か非現実的な雰囲気が作り出されていた。 白い壁、締め切られた窓、蒸し暑いはずの廊下は、なのに何処かひやりと冷たい。 ジェイドはその理由を、常に空気が張りつめているからだと思っていた。 廊下の先の廊下、そしてまたそびえ立つ扉は、常に外界との接触を頑なに拒んでいる。 だがそれも慣れたことだとやはり構わずに、 スーツのポケットから鍵を慣れた仕草で取り出すと、ノブに付いている錠を開けて中へと入っていった。 その離れは、住んでいる人物ただ一人が使っている。 全ての物が揃っている此処は、離れと言っても廊下と繋がっているからそう呼んでいるだけであって、一軒家と相違ない。 ここはその彼のために後から作られた場所、牢獄と言っても過言ではないかもしれない。 扉の先には玄関のような広い空間がひとつ、その壁づたいに先へ行けば奥に部屋がいくつか見えた。 左手側にあるのは応接間、少し行くと彼の自室や書斎、一番奥にその他生活のためのスペースがある。 とはいえ、見た目は生活感はあまり感じられない。 機械を弄るのが大好きな彼の自室や、奥へ行けばまた別であろうが、綺麗にされたこの入ってすぐの場所は、 いつでも塵ひとつ無い程に清潔に保たれていた…というよりも、ジェイド以外に訪れるとある人物が綺麗にしていくのだ。 彼のために。 がらんどうなこの開けた空間は、通ってきた廊下よりも強い拒絶を感じさせた。 ジェイドですらこの空気に少々怯んでしまうが、その気持ちを隅に押しやり、目的の人物を捜す。 コンコン、とまずは彼の自室を叩いてみる。 しかし返事はなく、静寂のみが辺りを支配する。 反応を返さないということは、ここにはいないということ。 ならば、とジェイドは踵を返した。 隣の書斎へと入ると、徐に本棚へ近づく。 ぎっしりと天井高く積まれた本の内の一冊を選ぶと、それを退かす。 すると、その下にはくぼみのようなものがあり、ジェイドは手を伸ばしてそこへ触れた。 かちり、次いで、がたりと音がして、その方向へと歩くと何の変哲もなかった壁には、取っ手が現れていた。 そこを押し開くと、更に奥へ進むための階段があった。 耳を澄ますと、暗がりの中からかすかに音がした。 やはりか、とジェイドはひとつ頷くとその暗がりへと入っていった。 かつん、かつん、と靴の音が周りに反響して、嫌に耳に触る。 階段はいつまで続くかとうんざりするほどに長い。 毎度のことではあるが、これでは登る時が大変ではないかと溜息を吐きたい気分だった。 やがて現れた扉を開けると、そこに目的の人物であるガイが立っていた。 ヘッドホンをしている彼は恐らく射撃訓練をしていたはずで、 ジェイドが訓練場に入る直前まで余計な音など一切が銃声に掻き消されていただろうに、 真っ直ぐに此方を見据え、そして銃口をジェイドへ躊躇いなく向けていた。 ガイの目は、ぎらぎらと鋭い光を放っている。 そう、まるで、獲物を狙う獣のような眼光。 ジェイドは一瞬だけ軽く目を竦ませると、そのままにこりと微笑んだ。 「いきなり、随分な挨拶ではありませんか?」 軽い調子で言ってやると、彼は益々目を鋭くする。 ガイは時折こんな表情を見せる。 その様は手負いの獣、そのものと言ってもいいかもしれない。 昔とある事情でジェイドの上の存在に拾われてから、一切負った傷を癒そうとしない。 手当をしようにも、傷どころか自身にすら触れられるのが嫌だと言わんばかりに、彼へと伸ばされた手をはね除ける。 それはそれで構いはしないのだが、時折扱いにくくて仕方がないと思いながら目を瞑れば、 小さくチャキと音がして、それによって彼が銃を降ろしたのを理解した。 「悪かったよ。アンタの驚く顔が見たかったんだが…また失敗したみたいだ」 目を開けてガイを見やれば、ヘッドホンを外した姿で悪戯っぽく笑っている。 やれやれ、とジェイドは肩を竦めた。 「年寄りに無体なマネはしないでくださいよ」 「誰が年寄りだ。現役どころか第一線のクセして」 「貴方には遠く及びませんよ、No.1スイーパーさん」 笑っていってやれば、うさんくせー、と小さく顰めた顔をする。 再びヘッドホンを付けると、そのまま彼はくるりと的の方へと向いてしまう。 同じように、ジェイドもガイの近くまで寄ると的の方へと目を向けた。 人の形をした的は、頭の部分に円が二重三重と描かれている。 そして、その的は既に何発もの銃弾に貫かれているのだが、それを見たジェイドは内心舌を巻く。 (…この命中度の高さは、流石と言うべきか) 残った弾痕に対して、そこかしこに転がっている弾倉や薬莢はあまりにも多い。 そうやって的を眺めていると、また一発、大きな音と共に弾丸が撃ち込まれた。 急所、既に穴が空いている箇所に再び。 自身の腕を披露した彼は、ぱっとジェイドを振り返る。 「どうだ?」 「…あ、ええ。また…腕を上げたのですね」 「ああ」 得意げに、にこりとガイは笑った。 滅多に見せない子供のような笑みだ。 しかし、ジェイドはとてもそれが恐ろしいもののようにしか見えなかった。 空調設備は整っているはずなのに、背を汗が伝う。 そんなジェイドには気づかずに、ガイは弾倉を銃から抜き取ると、手でくるくると弄び始めた。 「でさ、」 「…何でしょうか」 「いや、何でしょうかじゃなくて。仕事があるから、俺の所に来たんだろう? それとも、ただ単に様子見だったのか?」 「ああ…、そうですね。仕事ですよ」 「どうしたんだ? しっかりしてくれよ」 らしくないなとガイは苦笑を浮かべると、棚に置いてある新しい弾倉を取り銃へ装着し、胸のホルスターに収めた。 それとほぼ同時にジェイドは胸のポケットに入っていた紙を取り出し、ガイへと手渡す。 受け取ると、暫く上からなぞるように書かれた内容を眺め、それをジェイドへと返した。 次いで、するりと脇を通り過ぎてゆく。 「ガイ」 一声、何故か彼を呼んでしまった。 特に何か言おうと思っていたわけではなく、瞬時に考えても何の言葉も浮かばなかった。 しかし彼は気にせずに、背を向けたままひらひらと手を振り、小さく鼻歌を歌いながら訓練場から出て行く。 音を立て閉じられた扉の後に残るのは、耳に痛いほどの静寂。 その中にあっても、彼が階段を上る音は一切聞こえてこなかった。 そういった歩き方の所為なのか、この施設が完全防音だからなのかはジェイドには分からない。 気付かないふりをした方が、いいのだ。 暫し立ちつくした後、何時までもこうしていても仕方がないとジェイドもまたガイに倣おうとした時、 革靴にカンと何かがあたる音がした。 下を向けばそれはカラカラと回りながら、少し離れた場所へと滑っていった。 床にはたくさんの空の薬莢や弾倉が転がっている。 落ちている薬莢をひとつ摘み上げて、何となしに彼を思った。 手負いの獣は、負った傷を手当てさせず、大事に囲い、そして歪に癒した。 いや、それどころか、更なる深い傷を自ら負ったのか、彼を拾った我らが抉ったのか。 それはどんなに痛かったことだろうか、知る由もないが、何時かきっと咎は来る。 彼はまた、ひとつの命を狩りに行く。 全てを知る切っ掛けになったあの日から、彼に道は一つしか用意されなかった。 赤い紅い、煉獄の道、ただそれしか。 何を思い、彼は今日も血に濡れに行くのだろう。 さっき思わず声を掛けてしまったのは、彼を引き止めたかったのか。 自分でも分からなくて、ジェイドは知らず握っていた薬莢を投げ捨てた。 転がったそれは、カツン、とまた別の薬莢に当たり、そして動かなくなった。 こんなことは、既に同じように赤く染まりきった自分が言えたことではないだろう。 恐らく、彼はそんなことを望みもしない。 だが、それでも、例えエゴだとしても。 嗚呼。願わくば、救いがあらんことを。 end 2007/8/13 蓬 |